2016年10月02日

運動会

白組、逆転勝利。

     
学舎(まなびや)に
駆けるこどもと
砂ぼこり
思いをのせて
空に舞う

あかしろの
声援を背に
走り行く

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2016年09月20日

骨折

先日、電話が鳴った。
姉が骨折したらしい。

一人暮らしともあって、
母をつれて病院へ。

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兄弟もみな歳をとってくると
病気やら怪我やら、様々な面倒が出てきますな。
自然の裁きとは時間の裁き、そういったのは誰だったろう。
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2016年09月11日

占い好きの成れの果て

占いそのものについては
けっしてすべてが悪いとは限りませんが、
それを使う人によっては、良薬にも毒にもなりうるもの。

占いにはまる人とは
決して心が健康的とは言い難い側面があります。

本来、人生の苦楽は因果応報であり
己の想念、言動、行動に要因が多くの場合在ります。

願望成就や開運のみに偏る占いは邪法であり、
本来占いは人生の修養に結びつかなければなりません。
各々が生まれ持った業を知り、弱点を改める努力、
悪しき癖を改め想念を良き方向へと自ら正す学問の力を修養する。

結局、棚ボタ的な開運は望むべきではない。
高名な占い師の末路は全員が全員幸せな死に様だったかといえば、
意外にもそうではない場合も多く見受けられる。
それは、占いの解釈を間違えたとか、
方位を間違えたとか、家相に誤りがあったとかではなく、
その人が修めるべき人生の道を誤ったためであるに他ではない。

そう思うことが身の回りに立て続けに起きたので、本日のブログに記しました。
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2016年09月04日

誕生日

人類が誕生して間もないころから
死者を弔うことをしていた痕跡があるという。

誕生日を祝うようになったのはつい最近ではないだろうか。
正確な暦を持つこと、
生まれた日を記録できることが条件だからだろう。

ところで現代でも遊牧民族といわれる人たちには
誕生日という風習すらない。
サウジアラビアではパスポートの生年月日への記入は任意であり
大半の人は記載しないとも言われている。
誕生日だけでなく記念日といった特定の日を設けることはないらしい。

文化が違うと当たり前の誕生日の扱いが全く違うもの。
誕生日はこの世に無事に生まれてきたことを毎年祝うこと、
またその日まで無事に育つことができたことを祝い、
次の年も無事に過ごせるように祈る風習。

人の魂は産土神に導かれ、今の家族に生まれ、
その人生全般を見守る神でもあります。
ゆりかごから墓場まで、とはイギリスの政策ですが
神道でも同じように誕生から死に至るまでが産土神の役割という。
一年一年無事に過ごせていることへの感謝、
そして次の一年も無事であるように祈ることが大切。
誕生日当日の難しいにしても
当月内にでも参拝してみてはいかがでしょうか。

ところで年一回巡ってくる私の誕生日は先日、仕事に追われながら過ぎていった。

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2016年08月29日

コペルニクスの転換

ローマ教皇庁とカソリック協会が地動説を認めてから
未だ四半世紀ほど、つまり24年しか経っていないと聞いておどいた。
ローマ教皇庁とカソリック協会が地動説を認めたのは1992年のこと。
それまでは天動説、つまるところ地球は宇宙の中心である、が常識だった。

どこまで正直に信じていたのかは知りませんが、
人類がアポロ宇宙船で月に行き、
スペースシャトルが宇宙を飛び回った時代になっても、
未だ天動説だったというのには、少々驚きだ。

地動説を唱えたコペルニクス。
15~16世紀に生きた人です。
天動説が当然の常識といわれた世の中で
どういう心境で地動説の結論に至ったのだろう。

紀元前2世紀ね古代ローマの天文学者プトレマイオスが著した、
アルマゲストという13巻にわたる著書なかで、
数学的に天動説を証明したものであり、
その後1,000年以上も疑われもせず信じられていたのです。
しかし、数学的証明といっても
地球が宇宙の中心という宗教的観念を都合よく
理屈をこねまわしたものでしかなかった。
その考えが常識として世の中を支配していたのです。

イタリアで司祭の勉強をする傍ら
天文学にも興味を示したコペルニクス。
詳細な星々の観測をすればするほど天動説に無理が生じ、
アルマゲストの理論に誤差を説明することができなくなったという。

天体の満ち欠け、内惑星の逆行といった惑星の複雑な動きに対して
強引に複無理やり数学的証明をしたアルマゲストに書かれた天動説。
神々はそんなに複雑に宇宙を作ったのだろうか。
全知全能の神が天地創造をしたのなら、
よりシンプルでより美しくより自然な動きをする法則があるはずだ、という
疑問が観測を続けさせ、疑念がいつしか信念となる。

その信念が地動説を誕生させるが
確信を得てもなお30年は観測を重ね、観測事実を積み重ねていく。
30年は土星が太陽の周りを一周する年月に近い。
それだけ慎重だったのは、当時の社会は天動説が常識であり
異論を唱えればたちまち異端児扱いとなる。
聖書を否定し神を冒涜すると考える社会だったからだろう。
事実、コペルニクスが死んだ100年後であっても、
地動説を唱えたガリレオは宗教裁判で殺されている。

コペルニクスが地動説の考えに至るには、
それこそ天地がひっくり返る程の勇気と決断が必要だったことだろう。
しかし自身が記した「天体の回転について」という著書が
世に出版される前に生涯を閉じています。
コペルニクス以前にも地動説を唱えた人物はいたが、
この著書の存在こそがコペルニクスを地動説の創始者とならしめたといっていい。
膨大な観測事実、
そしてその観測と計算方法を記し誰しも再現できるようにしたことが功績だ。

この時、寿命を前にしたコペルニクスの胸中はどうだったのだろう。
司祭という神に人生を捧げた生き様の中、
名誉欲や功名心などなくただひたすらに真実を求めていただけに違いないと
私は考えてしまう。

コペルニクスが唱えた地動説は
数百年の旅路の中でヨハネス・ケプラー、ガリレオ・ガリレイらに受け継がれ、
やがては歴史の常識を書き換えていく。
この先、私たちはどこに向かっているのだろう。
posted by れん | Comment(0) | 宇宙 | 更新情報をチェックする