2021年01月15日

コロナ禍について思うこと

この宇宙が生まれて138億年。
地球が生まれて46億年。
人類が誕生してからは20万年。

宇宙や地球の歴史からみれば、
人類が歩んだ時間など瞬間的な短さなのだろう。
その中で、幾度なく人類は自然の猛威に晒されてきた。

天地に仁なし、万物をもって芻狗(すうく)となす。 老子

(意訳)
天地自然に思いやりなどない。
全てのものは藁で作った犬のように扱われるだけ。
20210115_coronavirus.jpg
ペスト、スペイン風邪、天然痘、
様々な疫病と闘ってきた私たち人類。

14世紀中世ヨーロッパでは黒死病とも言われたペストによって、
当時人口の3分の1が亡くなったとされ、
その後の農奴解放といった封建社会の崩壊にも影響したといわれる。

現代、新型コロナウィルスが社会を脅かしている。
人の命は何事にも代えがたい尊いものだけれど、
この試練は私たち人類がこの先、
変質変貌進化を遂げていくための自然の潮流なのかもしれない。

自然の恵みを我が物のごとく飽食し、汚し、捨てていく。
利益をむさぼり、権力を求め、尽きることない欲望の涎をたらし、
謳歌している人間たちに警鐘を鳴らしているのかもしれない。

天地自然は人間が生きていくうえでの必要な恵みを与えてくれる。
しかし時として人間に牙をむく。大地震、大噴火、洪水、疫病…。
ただそれらを通して、人類に変質変貌進化を促しているのかもしれない。
まさに老子の言葉通りに。。。



posted by れん | 雑記 | 更新情報をチェックする
2021年01月03日

徳分とは何か

備忘録的に…。

徳分とは「善行」であり、「世に益すること」を行うこと。

例えばスポーツという世界では、
競技に参加し世界中の人を熱狂させ観客たちを喜ばせること。
競技に参加する者たちは技術を磨き研鑽していくこと。
スポーツによって世界中の人たちの親交が深まること。
例えばブラインドゴルフ等の障碍者たちの社会進出を助けること。等

例えば音楽という世界では、
言語や国、民族や宗教を超えて人々を感動させていくこと。
音楽表現を推敲して表現者として極めていくこと。等

例えば教育という世界では、
人を育成し学問を東して幸せにしていくこと。
科学等、学問の究め真実を追求していくこと。など。

世に益することが善行であり、善行を行うことが「徳分」である。
宗教的な徳積みだけが「徳分」になるわけではなく、
人々を喜ばせ、楽しませ、健康にし、幸せにし、
社会や世の中を少しでも良くすることが、徳分になる。

但し、「徳分」を積みたいから…とか、評価や見返りがほしいから…とか、
功名心で善行を行っても、それは偽善となり徳分とはならない。
純粋に助けたい、救いたい、役に立たせて頂きたい、
慈悲慈愛の心でなければ徳積みにはならない。
そして徳分を積んだ分だけ、己の幸せ(運勢)のタネも大きくなっていく。

徳分を積むのには、体施、法施、物施の三つがある。
体施とは体を使うことによって人々に施しを与えるもの。
ボランティア、奉仕を通して人々や社会を良くしていくこと。
物施とはお金や食べ物、モノを使って人々を助け幸せにしていくこと。
法施とは教育等を通して、人々の悩みや苦しみを救って幸せにしていくこと。

モノで施せばモノで幸せになる。
体で施せば、体の幸せ(健康など)、
法で施せば、
子供(子孫)たちの人生(特に進学や結婚、就職といったもの)がうまくいく。

法施の幸せとは、志向性であり、ゆっくり証がでてくる。
急に健康になったり…等の即効性はない。
物施体施は、すぐに人を助けられるように
自分にも即効的に運勢が向上していくもの。


posted by れん | 運・不運 | 更新情報をチェックする
2021年01月02日

お正月って…

幾度か、このブログでも書いていることですが再び…。

お正月とは“正す月”と書きます。
“正す”とはなにか? 
「正」という漢字は「一」と「止」に分解できます。
「一」とは、始まりであり、最初です。元であり原点です。
初心に帰るとか、初心忘れるべからずとか、言いますよね。

初心に立ち戻り、原点に返る…。そんな月です。
1年間にたまった穢れを年末の大晦日で祓い、
初心、初発に帰って心機一転新しい年を迎えていく。
「一年の計は元旦にあり」なんて言葉もありますね。

そして初詣をこの時期を行う意味も同じこと。
生まれ持った天命を今一度見直ししてみることも大事なときです。
人はみな、意味を持って生まれてきています(≒天命)。
勿論、天命など「これだ!」と自覚していることは少ないでしょう。。
「こんな生き方でいいのかな?」
「今年はこれをやりたい」
「これからはこういう生き方をしていきたい」
なんでもいいんです。堕落せず、向上心あればそれでいい。
神仏とは本来おおらかです。
間違っていたことは心から反省し改めればそれでよし、禊ですね。
西洋でいう懺悔ですが、日本神道ではもっと明るく前向きな
「水に流しましょう」的精神が根付いています。

ただ現在は昔ほど季節感が薄れてしまったことが、ちょっと悲しいですね。
子供たちにしたら「お休みの日」でしかなく、終日ゲーム三昧…。
ちょっと昔であれば、食べ物ですら季節のもの旬のものしか食べられませんし、
部屋の中はエアコンで通年でほぼ一定の温度にできます。
いまは一年中同じ生活ができるので便利で快適でもありますが、
それに慣れて狎れてだらける生活の一因でもありましょう。

お正月、おせち、おもち、初詣、など
非日常的なことを積極的に行うことも人の心を育むことも大事なことです。

自身に向けての備忘録的なコラムでした。

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2021年01月01日のつぶやき




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2021年01月01日

香取とともに…

2020年は私にとってつらい一年でした…(涙)。
精神的にも現実的にも追い込まれた年でした。
気学でいう離宮に入っていたため、「離」につながることばかり…。

仕事も家庭も私的領域も、
何も壊れることなく2021年を迎えられるとは、
2020年の渦中にいたときには想像できないくらいでした。
途中、苦しみながら、あきらめること、逃れること、捨てること、
乗り越えること、頑張ること、様々悶え苦悩し後悔もしたし、崩壊寸前だった。
幾度かジプシーカード(卜占)に頼っても、
いつも「乗り越えれば幸せがある」「この後に人格者になる」等の象意ばかり。

身の上に起きていることは全てに意味がある。
そんなことは理屈ではわかっているが、
やはり辛いことは渦中では簡単には割り切れることではない。

ともあれ、無事年末を迎えられ、先日は香取神宮に幸先詣を行いました。
お願い事…というより、2020年を超えられることへの感謝です。

香取とは「“禍”を取る」働きを表す言霊ともいわれ、
御祭神の経津主大神 (ふつぬしのおおかみ) 様は
「“フツフツ”と心の内面から湧き上がるような神徳」を授ける神様でもあるようです。

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律令制が成立して以降、江戸時代に至るまで長い期間、
「神宮」を名のることができたのは伊勢神宮、鹿島神宮、香取神宮の三社のみ。
それだけ由緒ある神域と言っていいでしょう。

2021年、皆様にとっても良い年でありますように。
コロナが終息していきますように。
自然災害も最小限になりますように
世界から争いがなくなりますように。
差別や偏見、暴力、なくなりますように。



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