2019年08月15日

母 一周忌の夏

お盆です。
台風10号が近付いているためか、天気は不安定。
今年のお盆は母が亡くなって一周忌の年の夏。やはり猛暑でした。

来年は三回忌。一周忌の翌年は三回忌。その後七回忌、十三回忌…と続きます。
なんだか数え方が難しく感じますね、一周忌の翌年が三回忌…。
「周忌」と「回忌」、数える単位が違うということです。

一般的には知られていませんが、一回忌、二回忌もあるそうです。
それは
亡くなったとき   … 一回忌(1回目の法要=葬儀)
亡くなった1年後 … 二回忌(2回目の法要=1周忌)
亡くなった2年後 … 三回忌(3回目の法要

なぜ二回忌とは言わず1周忌と言うのか…?
おそらく「喪が明ける」という考えから来ているのでは? と言われています。

奈良時代では「養老律令」、江戸時代では「服忌令」という法律の中で
父母の喪は12~13ヶ月と定められていたそうです。
近代日本では明治時代の太政官布告による服忌令では13ヶ月、
皇室服喪令では12ヶ月となっているようです。

現在の日本の法律では喪の期間について言及はされておりませんが
前例にならって1年前後というのが一般的なのでしょう。
なので、喪が明ける1年後の法要、1周巡ってきたときの法要で1周忌。
これで故人とは一区切りして、翌年から数え年で三回忌、七回忌、十三回忌…
となっていくのでしょう…。

1周忌を迎えた年の夏、お盆の供養を行いました。
いまあの世でどんな生活しているんでしょうか。
聞いてみたいものです。



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桃に感動

山形から桃が届きました。
桃の美味しかったこと…。まさに感動でした。
久々に食べ物に感動した瞬間でした。

20190815_桃.jpg
posted by れん | 雑記 | 更新情報をチェックする
2019年07月16日

ありがとう

人が死ぬときに後悔することが多いという。

・自分に正直に生きればよかった。
 生きたいように生きればよかった…。

・働きすぎなければよかった。
 家族があなたに求めていたのは、収入や社会的地位ではなく、
 時間だったかもしれませんね。

・素直に自分の気持ちを伝えればよかった。
 好きなのに言わなかった人、ありがとうと素直に言えなかった人、
 ごめんという素直な言葉を伝えられなかった人。誰だっていますよね…。

・友人と連絡を取り続ければよかった。
 人は一人で生きていません。

・幸せをあきらめなければよかった。
 幸せって何だろう。たぶん生物の中では人間にしか「幸せ」という概念はないだろう。
 なにも自己実現が幸せとは限らない。
 幸せとは何か? それを探し続ける旅を歩み続けることができたなら、それが幸せなのかもしれない。


私は最期に悔やむことなく「ありがとう」といえる人生を歩みたい。
posted by れん | 雑記 | 更新情報をチェックする
2019年07月08日

一家団欒の大切さ

興味のあることに対しては取り組むが
あまり興味ないものに対しては一生懸命に取り組もうとはしない
そんな傾向が垣間見える昨今の人たち。

社会人の場でもそのような状況を垣間見ることがある。

思っていたことと違うので…
上司と気が合わないので…
自分にはこの仕事が合わないので…
そういって簡単に転職していく若者たち。
石の上にも三年とは過去の言葉になりつつある。

なんで気が向かないことをやらなければならないんだ?
嫌々やる必要はないだろう…?

時にはそのような性質を『個性』と言うようになってきた。

現代では情報が溢れんばかりに氾濫している。
自分とは違う興味分野に対しては興味を示さないばかりか、
下手すれば攻撃対象ともなりうる。
日本人はもっと寛容的であったはずだ。

その背景には何があるんだろう?
いつからか核家族化が進み、テレビは一家に一台ではなく個人の所有となった。
一昔前は家族でチャンネル争いがあった。
父親がいれば夕方からは大相撲の番組、NHKのニュース、
そしてプロ野球の巨人戦へと父親主導の元、チャンネルが変わっていく。
子供の私には選択権などない。
当然ながら、家族全員がテレビの前に集まり、夕食を食べながら、
興味のない大相撲とニュースを見せられながら育ったものだ。
興味があろうとなかろうと、一緒にいなければならなかったのだ。
私自身それに対して「なんだチキショー」とは思ったが、不幸だとまでは思わなかった。

しかし今やテレビやパソコン、スマホは個人の所有になる。
家族とも言えども別々のテレビを見る。
ネットを見たいものはそれぞれ見るし、
ユーチューブを見る者、ゲームをするもの、
SNSで仲間と連絡とるもの、…。
興味のないことは家族といえども一緒にはしない傾向が生まれた。

現代ではあらゆる情報が氾濫し選択肢は膨大になったが、
自分の興味とは違うものに対して、情報に触れることが少なくなっていく。
取り入れる情報は自分に合ったものだけになる傾向ではないか。
価値観がぶつかったとき、相手を理解するのではなく、自己主張で終始する。
現代の社会問題や国際問題をみていると、そんな気持ちがしてならない。
正義は一つではない。

昔の家族、一家団欒とは、
相性がよかろうと悪かろうと、
興味があろうとなかろうと、
好きであろうとなかろうと、
一緒にいて、一緒にテレビを見て、会話をする…という場があった。
家族といえど価値観が違う。
それでも相手に対して聞く耳を持つようになっていた。
興味のない大相撲をみて、
いつの間にか力士の名前を覚え、ルールを知ることになる。
興味のないニュースをみて、
社会情報がいつの間に耳に残り、時事も知るようになる。
忍耐力も養われるし、「なぜだろう?」という探求心も養われてきたはず。

一家団欒とは社会性を学ぶ大切な場なんだ。

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2019年06月17日

はたらく言葉たち

20190617_はたらく言葉たち.JPG

甲子園に行きたかったら、
朝から晩まで、土日だって練習するでしょう。
でも、社会に出たとたんに、それは「ブラック企業」になってしまう。
人材サービス/経営者・50代

仕様書どおりにつくるエンジニアはいらない。
まだ世の中にないものを、作ろうとしているのだから。
半導体製造装置メーカー/経営者・60代

上司がイケてないって?
その上司にちゃんと向き合えていないお前がイケてないんだろ。
飲食/経営者・40代

ネットで炎上していた言葉たち。
私自身が思うには、全く間違った言葉ではないと思う。
ただ言葉足らずの標語かな、と考えてしまった。

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まず一つ目
甲子園に行きたかったら、
朝から晩まで、土日だって練習するでしょう。
でも、社会に出たとたんに、それは「ブラック企業」になってしまう。

好きなことに打ち込むことは素晴らしい。
それは自らが物事に熱中し研鑽しているからこそだ。
仕事においてもそれは同じだろう…。
それとは逆に業務命令の元で「やらされている感」いっぱいなら、
それはブラック企業と指摘されてしまう。
上の標語は「自ら進んで熱中し研鑽すること」と
「業務」を同じ目線で語っていることがおかしいところ。


二つ目。
仕様書どおりにつくるエンジニアはいらない。
まだ世の中にないものを、作ろうとしているのだから。
エンジニアとは仕様書通りに作るのが仕事だ…と一部から批判されていたという。
私だったら次のように書くだろう。
仕様書どおりにしか、つくることができないエンジニアはいらない。と…。

まぁ、エンジニアあるある話では、バグを指摘しても彼らは仕様だと必ず言う。
私自身、何度もそう言われてきた。

仕事には二つある。既存運用を守ること、新規を作り出していくこと。
既存だけでは発展しないし、新規だけでは安定しない。
つまりその両輪が大切なんだ。
世の中にないものを作ろうという創意工夫を求める場合、
仕様書通り指示通りにしか動かない社員は経営者からみたら歯痒いものだ。


三つ目
上司がイケてないって?
その上司にちゃんと向き合えていないお前がイケてないんだろ
これは誰の目線でいっているのか? で印象が変わってしまうだろう。

論語にある言葉
人の己を知らざるを患(うれ)えず。人を知らざるを患(うれ)う。

自分を理解してくれない、認めてくれないことを心配せず、
他人を理解してあげられていない、認めてあげられていないことを心配しなさい。



posted by れん | 時事と世相の話 | 更新情報をチェックする